ガーデニング(家庭菜園)に明確な「正解」はない

先日、「雑草の力を借りる」という記事を書きました。このブログはMediumでときどきシェアしていますが、そちらの方で非常に興味深いコメントをいただいたので、紹介しておきます。

わたし、蛾がかなり好きです。今、デザインで蛾のモチーフが流行ってますよね。「害虫」や「雑草」というのは、人間からの視点で大それた言葉だと思います。今年はアメリカはイナゴの害が大変ですが、これも、元は人間が自然を無視して崩れたバランスの結果ではないかな。

あと、わたしも今年から菜園始めて思ったのですが、無意識のうちに蒔いた種の100%が成長して何十倍も実をつける、と思っているんです。これ、商業農家のイメージが頭に入っちゃってるって、気づきました。実際オーガニックファームで仕事して思ったのは、オーガニックといっても、商業農業というのは自然にも土壌にも逆らって行われています。そう思うと、虫食いの野菜は、地球に生きる仲間との晩餐、と思え、わたしは気持ち楽なんです。余るほど作っても、自然の食べ物はジャンクフードほどいくらでもお腹に入るわけでもないし、とも。

B級かもしれないけど、本流は闇がかなり暗いですよ。

ーMediumでのコメントよりー


彼女のコメントには、いろいろ考えさせられるところが多く、私が2014年にカナダでガーデニングを始めて以降、ずっと考えてきたことにもつながっています。それで、あらためて記事としてあげておくことにしました。


まず、「害虫」「雑草」、さらには「害獣」といういい方について。

これらは本当に人間様から見た区分の仕方で、身勝手なワードだと、私もそう思います。―――といいつつ、私も便利なのでそのワードを使っているわけですが、特に雑草という言葉はあいまいです。

野菜を作っている畑に生えてくる雑草は比較的わかりやすいですが、花壇に生えてくる雑草は、雑草であってもそのまま温存したいものがあったり、雑草なんだけど「花」として育てたいものもあります。逆に、「花」や「植物」として園芸店に販売されているような種であっても、あまりに生命力が強いため、うかうかしていると土地をその種で占領されてしまうことがあり、この場合、私たちにとってその種はある意味「雑草」と認識されます。

カナダの田舎の庭でガーデニングを始めたばかりのころ、私は花壇に生えてくる雑草を引き抜くのに少なからず違和感を感じたものでした。だって、「生き延びたい」と思うのは、雑草も同じですからね。それを人間の目でより分けて、特定のモノだけ排除していくのは、ある意味自分勝手なものではないのかな、と感じたものです。


害虫や害獣にしても同じで、みんな「生きよう」としているだけなのです。日本語のサイトを見ると、すぐに殺虫剤など薬剤を使うことが紹介されていますが、それには私は違和感を感じてしまいます。

私も含めて、日本人はなにかと教科書通りに事を運びたがるクセがあるような気がします。「権威のある、信頼できる肩書の人の言う通りに正しいやり方を行えば努力は必ず報われるはずだ」と、思い込んでいる節があるのではないでしょうか。しかし、実際にやってみて思うのは、ガーデニングや野菜作りに明確な正解はないということ。

どんなに偉い人が書いた教科書通りにやっても、必ずうまく行かない点が出てきます。これは、その土地や気候、環境条件によるので、致し方ないところです。

害虫や害獣対策となると、とにかく「駆除」「防止」という話になります。それが間違っているとは思いませんが、本当はそれだけじゃない。

彼女のいうように、ケミカルなものを使わないで野菜を育てると、虫食い野菜ができるのは普通のことです。我が家の家庭菜園の野菜たちも、ほとんどが虫食いです。他の人のブログとかを見ると、スーパーで売っているようなきれいな野菜の収穫写真がアップされていることが多く、それに比べて「うちの野菜たちは…」とちょっと恥ずかしくなることもありますが、本来は恥ずかしさを感じる必要はありませんよね。

最近は、「虫たちに食べられてしまうのは、うちの野菜がおいしいからだ」と思うようにしています。

先日も、虫食い野菜にがっかりしているところ、夫にこういわれました。

「まだ百以上の苗が定植待ちなんだから、少々の野菜がダメになったからといって、君がそこまで落ち込む理由はないんじゃない」

彼が言っている「百以上ある苗」とは葉アマランサスのこと。

今年初めて食用アマランサスを栽培しているんですが、ネットの情報で「アマランサスは活着しにくい」というのを読んで大量に種を蒔いたら、ほとんどが元気はつらつに成長してしまったというわけです(←これもネット情報に踊らされた結果)。そのため、まだ百以上の苗が定植を待っている状態なのです(もう、7月なのに…苦笑)。

すぐれた情報が無料で手に入るインターネットはとても便利ですよね。ガーデニングに関しても「(作物)、育て方」で検索するとたくさんの情報が出てきます。検索結果第1ページに上がってくるリンクを片っ端から読んでいくんですが、だいたいどこのサイトも似たり寄ったりなことを述べています。複数のサイトが同じようなことを言っていると「みんなの意見=正しい」と勘違いしてしまうのです。でも、本当はそうじゃない。

本来の自然はもっと複雑で、さまざまな条件によって結果は異なってきます。だから教科書通りにやっても上手くいかないことはしょっちゅうです。

ある害虫を防止しようとして”対策A”をこうじると、それは人為的に自然バランスを乱してしまうことになるので、意外なところにしわ寄せがくることもあります。よかれと思ってやったことが裏目に出てしまうんです。そうなると、いったい何をどうしたらいいのかわからなくなってしまう…


だから最近は、教科書に載っていないことも、どんどん試してみることにしています。ガーデニングや野菜作りに関しては、本当にやってみないと分かりません。この世界はまさに経験がモノをいうのです。

もう一つ、ネット情報に関していえば、どんなサイトであっても(おそらく大手サイトであればあるほど)マーケティングとの縁は切れません。ガーデニング市場は非常に大きいうえに、日本ではまだまだ伸びしろのある業界です。

ですから、ちょっとネットで園芸関連の情報を閲覧すれば、やれ、「土壌は清潔でバランスのよい土を購入しましょう」「殺虫剤を使って早めの対策をしましょう」「スーパーの野菜は遺伝子操作されているので、種を植えても育ちません、信頼できる種を購入しましょう」「スーパーのジャガイモはどんな環境で育てられたかわからないため、病原菌を持っている可能性があります、信頼できる種いもを購入しましょう」「肥料切れにならないように、追肥を行いましょう、おすすめ肥料は…」と話が発展するのです。

確かに、時間とスペースが限られている人にとって、それらは便利なものだと思います。でも、本当のところは、自分で実際に試してみないとわからないことだらけ。

それで、私は「教科書」のいうことをそのまま信じることなく、我が道をゆくことになります。

土は、コンポストを購入することもありますが、森で採取した腐葉土を種蒔き用土として混ぜて使います。だから、虫などが混じっていてもあたり前です。スーパーで購入したジャガイモやサトイモも、芽が出たら土に植えます。収穫して食べることもできています。もちろん、ここらへんはすべて自己責任です。

間引きに関しても、プロの人が言っていることに逆らうのが私流(笑)。雑草と同じく、間引きにも違和感を感じてしまうのです。「選ばれし者」と「選ばれざる者」をより分けるのって、ちょっと残酷じゃないですか。ですので、できるだけ間引きしないですむ方法でやっています。

それに、以前BBC「Gardeners' World」で紹介されていた話で、レタスを「群植」するという手法がありました。通常、レタスはポット苗として育てる際、1ポットに数粒の種を蒔き、段階的に間引きして1本立ちにします。そして時期が来たら畑に定植するわけですが、その園芸家は、ポット苗を間引きせず、3、4本レタスをまとめて定植するのです。そういう方法もあるんだなあと思ったものです。

一部の野菜はまとめて育てる方がよく育つという意見もあるようです。間引きすると、確かに残された1本の苗は良く育ちます。しかし、畑全体の収穫高として考えた場合、果たして間引きする方が生産性が高いのかどうかは定かではありません。


これは、いやいやながらに間引きをして1本立ちにしたロメインレタスです。昨夜雨が降ったので、少々土がはねていますが、すくすくと成長しています。


一方、同じくロメインレタスですが、上の株はよく見ると2株です。間引きをする際、これらの二株が夫婦のように仲良く寄り添っているのを見て、間引くのに忍びなく、そのまま残しておいたのです。

株は二つですが、まるで大き目な1株のように美しく育っているように見えます。


以上のように、農学博士らが書いた記事にすらまともに従わない私ですが、自然と対峙しながら自分なりのやり方を模索するのが楽しくて仕方ないのです。失敗することもたくさんありますが、一筋縄ではいかないのが自然です。これからもしばらく飽きることはないでしょう。




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